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うな丸のアトピー歴-後半
―薬や病院と手を切ろうとあれこれ試した日々―
- アトピー予備軍?
- 病院と薬頼み
- リバウンド?と格闘
- そして再出発
- 前とは違う病院を受診する。薬はなるべく使わない方針で新たな闘いが始まる。
うな丸の体質、現在の症状については、うな丸の紹介へ。
V リバウンド?と格闘 この年のことは思い出したくもない。
しかし、 この年を通過しなければ現在の状態はあり得なかっただろう。 ゆっくり眠りたい ボリボリかく音で目が覚める。
それをやめさせようとバシバシ叩いた。
虐待と何ら変わらないと思う。
子供のために、かいて悪化することを避けるためだけでしたのだろうか?
確かにそれもあったが、それだけではない。
来る日も来る日も 夜中に起きてバタバタしていたので、頭がボーっとしていた。
子供が苦しんでいるのを目の当たりにするのに耐えられなかった。
アトピーではなく、自分自身に負けたのだ。
主人は私のように声を荒げたり手をあげたりすることは決してない。
かいてやって寝かせ、またボリボリしだすとかいてやって寝かせるの繰り返しで、自分がダメージを受けてしまう。 皮膚は乾燥してガサガサ。
この春は今までよりひどくなった気がする。 またしばらく中止していたが、薬を塗る。
効かずにショックを受ける。 薬の説明書には書かれていないが、混合した薬は1,2ヶ月で使い切ったほうがよいということだ。
かなり前の薬を塗ったので、効かなかったのも無理はない。 主人がネットでアトピー関連の情報を集め始める。
薬、特にステロイドの副作用の恐ろしさを強調したページが多く、副作用という言葉に過剰に反応した私たちは薬を中止する。
じいちゃんの影響は大きい
なぜ、副作用と言う言葉に反応したか?
これは亡くなった主人の父、つまりうな丸の祖父の影響である。
主人の父、つまりうな丸の祖父は50代の頃からリウマチを患い、ひどい痛みを抑えるために飲み薬のステロイドを服用していた。
顔が丸くなり、皮膚が薄くなるという副作用が出たため、ある日薬を中止してみた。
すると、体の力がなくなり、すべての気力が、食べる気力さえ失せ、周りの呼びかけにも反応を示さず、寝たままの人形のようになってしまった。
あわてて薬の服用を再開すると症状は治まった。
これは私が嫁いで来るよりかなり前の話だが、私が嫁いでからも「足がむくむんだけど、おかしいな」「糖尿病じゃないはずなんだが、やたらのどが渇く」と訴えていた。
その後入院して腎臓病や糖尿病があるとわかる。
どちらもステロイドの飲み薬の副作用として挙げられている。
結局入院して1年後に義父は亡くなった。
リウマチが直接の死因ではないことは確かで、本当の死因は釈然としない。
義父本人に病気や薬のことはまかせきっていた。
私たちがもっとリウマチについて、その薬について情報収集をすればよかったのだろうか?
主人にも私にも義父の入院や看護について後悔の念がつきまとう。
薬は恐ろしいという観念を二人とも強く抱いた。
しかも飲み薬ではないといえ、うな丸が塗っているのもステロイドである。 楽しい日が一転 結婚記念日を祝い、イタリアンレストランで夕食。
気が向いた年しか結婚祝いなどしないし、夕食が外食というのもめったにない。
うな丸に気分転換をさせたい気持ちもあった。
子供たちは歓声をあげながら次々に運ばれてくる料理をきれいに平らげる。
タコのカルパッチョが気に入り、チーズフォンジュも好評だった。
これで終われば楽しい結婚記念日だったのに... 帰宅後、自宅に近い、海水が含まれているという温泉にうな丸を連れて行く。
海水がうな丸の肌によいのは海水浴で実証済みである。
実家のじーちゃんにも夏休みに何回か連れて行ってくれた。
海水100パーセントではないので、急によくなったということはなかったが。
温泉はかなり熱い。
ひとりで男湯に入ったのだが、もともと温泉好きだし、おいしいものも食べられたし、ごきげんで「おやすみ」。
しかし、夜中に体をかきむしり、鼻づまりもひどい。
親子して悲惨な長い夜になる。
何がいけなかったのか、温泉であったまりすぎたのかとボーっとした頭で思い巡らす。 その夜がやっと明ける。
うな丸は朝方やっと熟睡。
集団登校の集合時間に間に合うように起こすことはあきらめる。
2日間に渡り、始業時間頃までゆっくり寝かせて車で学校へ送る。
担任の先生は事情をわかってくださった。
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顔がこわれていく 薬を塗るのをやめると、顔の薬を塗っていた部分が赤くなり、ひび割れてきた。
裂けた傷のようなものが頬の端に出現。
額も赤くなり皮がボロボロむけている。
これがリバウンドというやつ?
学校でいじめられないだろうか? 試行錯誤の日々始まる ここから先はひどい睡眠不足、ひどい顔になると薬を復活し、それでよくなるとさまざまな保湿剤を試すことを繰り返す日々だった。
「生活の質」を維持するために薬を復活する。生活の質は学校生活を送れるかどうかで判断した。
さまざまな方法を試みた。
ネットで見た方法の中にはいかにも効果がありそうで、すぐにでも試してみたいものがいくつもあった。
しかし、費用がかかりすぎるものは断念せざるを得なかった。
だから、手が出せる方法しか試していない。お金があればなあとため息をついたのも一度や二度ではない。
発見6 汗をかくとかゆい 暑いと汗をかき、汗の成分はバリア機能のない肌を直撃。
薬や保湿剤以外で試したこととして、アイスノンを枕にするというのがあった。
アイスノンはうな丸を出産した病院が夜間エアコンを切るため、熱帯夜対策として産婦に貸しだされていたことを思い出して応用してみた。
寝ござも試す。天然いぐさの、たぶん外国製の安い物だった。
効果のほどは定かではないが、気分的な効果があり、涼しく気持ちよく眠れる点では評価したい。
この寝ござは温泉旅館に泊まるときにも本人が持参した。
仲居さんに「キャンプの帰りですか?」と聞かれる。 薬中止の決心がゆらぐ。
前の病院に戻ったこともあった。
私が口にした副作用の不安を先生は頭ごなしに否定、「薬で治さなきゃダメ」と言われ、飲み薬塗り薬を山のように処方される。
再び行く気がしなくなった。
かわいそうに この日、鼻づまりのため耳鼻科も受診する。
看護師さんはうな丸の顔を見て「かわいそうに」と言った。
かわいそう?他人はそんな風に見ているのか。
うな丸は百円玉を握り病院に来たときの楽しみである、ジュースの自販機に駆け寄る。
私は思わず周囲の人の顔を見る。
「かわいそう」帰ってからもこの言葉が頭を離れず。
しかし、悔しいが薬は効く。 効くとよく眠れるし、よく眠れると肌の状態が改善する。
発見7 石けんは控えめに これもネットの情報だが、石けんを使うことをやめる。皮脂を洗い流さないようにするためである。
石けんは2,3日に1回使用すればよいともわかってきた。 ついに墓そうじまで 某占い師が、墓をそうじしなさいと言っているのを信じた主人が墓そうじを提案。
墓をそうじすることにより病気が治るのだという。
病気が治る治らないにかかわらず、お墓のそうじはよいことであるからと自分を納得させる。
実家の両親も加わる。
家の墓、実家の両親それぞれの先祖の墓(幸いすべて市内にある)の順に3箇所を周る。
お墓は水をかけてはいけない、きれいなタオルで拭きなさいという占い師の言葉に従い、うな丸もゴシゴシと墓を磨いた。
枯葉を片付け、雑草を刈ってすっきりしたお墓に皆で手を合わせる。
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喜ぶのは早かった 悪夢の結婚祝いから1ヵ月後、「ヤマは超えた感じ。ステがなくても大丈夫の様子。後はよい病院があれば...」と日記に書いてある。
だんだん、自分の肌を取り戻しつつある、とも。
さらに1ヵ月後、顔はすっかりきれいになった。
リバウンドは2,3ヶ月で治まるというのは本当だと思った。
子供は新陳代謝が盛んだから救われた。
思春期に入る前で、それほど容貌は気にしなかったのも幸いした。
私も職場でひとり留守番の時間が多くて助かった。(ごめんなさい)
それから冬までは保湿剤だけで、安定した状態を維持する。
だが、もう直ったんだ!やった!と喜んだのは甘かったのだ。
ヤマを越えると次のヤマが現れるものなのか? 発見8 寒くなるとひどくなる? 12月中旬
顔がカサカサし出す。額をかきむしり、傷になる。
体も夏場に比べると乾燥がひどい。 ×◇年
1月
顔のカサカサはだんだん広がり、特に左の頬がひどい。
額をかき壊して汁(滲出液か)が出てきた。
その頃気に入って使っていた、紫雲膏も効かなくなる。 唯一好きなスポーツなのに 2月
スキーへ。
うな丸が唯一好きなスポーツと言える。
汗をかくとかゆいので運動が嫌いになったのだろうか?
それで動かないと体重が増え、体が重くなるとさらに動くのがおっくうという悪循環。 寒さのため血行が悪化したのか、額と頬の湿疹はすぐ真っ赤っ赤になる。
熱くなると体もかゆい。
最初はスキーどころではなくかきむしるが、だんだん乗ってくると、かゆみを忘れる様子。
どんなことでも、自分が好きなことに熱中しているとかゆみは吹き飛んでいく。 額と頬にステロイド復活(リンデロン)。
2日目で額は治るが、左頬はなかなか治らない。 再び顔がこわれていく 入浴後に額と今度は右頬から汁が出ている。
左頬はステロイド復活10日後に治る。 3月
学校から帰ると、昨年薬を中止したときに出た、赤あざ状のものがまぶた、目の下、頬に出現。
ひとりで入浴して、長風呂だなと思っていたら、ずっとかきむしっていたようだ。
背中からも汁が出るようになる。
腹周辺のかき傷も痛くて眠れない。 神様がプレゼントしてくれた 絵のコンクールで大きな賞をいただき、この日に賞状と盾を持ち帰る。
絵を描くことが好きで、それが認めれらた最高の日だというのに。
私が寝室に入ると待っていたかのように号泣。
賞は神様がくれた、負けるなというメッセージのように感じた。
参観のとき、教室に貼られたうな丸の絵を、自分の絵のように自慢してくれたクラスメートが浮かんでくる。
「お友達や先生のおかげでもらえた賞だよ」と言うと、涙をぬぐってうなづいていた。 最低の母親だ 寝つくときと夜中3時頃のボリボリが数日続いたので、「ママが病気になっちゃうじゃない!」と声を荒げてしまう。
半分寝ている(かいているときもほとんど眠っているようである)ので、聞こえていないと思っていた。
しかし、学校から帰りおやつを食べているとき目をしばたたかせながら「ママ、病気にならないで」と言った。
また、やってしまった...。 ついに漢方へ走る
市内の漢方薬局へ。
結局漢方薬の飲み薬はうな丸に合わなかったと思う。
しかし、縁とは不思議なもの。
お店のご主人との会話がきっかけで今の病院を受診したことも、症状が少し軽くなった要因だと思う。
「ためしてガッテン」で以前にアトピーの特集をしたときに知った漢方薬をメモして行った。
それを店のご主人に見せてうな丸の症状を話すと、多分この薬は合わないんじゃないかということだった。
ご主人は親身になって相談に乗ってくれた。そのときのご主人の話
- ステロイドでも、後に残らないものもある。
- 大人になるまでに治したい。
- どうしてアトピーになるのか、ストレスなどの要因はあるのか、さまざまな原因を統合して処方する。
- アレルギー体質にはルイボスティーがよい。
- 弱いが、紫雲膏はよい
この頃アトピーにもっとも効き目があると言われていたのが太乙膏だということで勧められる。
しかしジュクジュクタイプに効くということなのでこれはやめて、飲み薬の「消風散」を購入。
風のようにかゆみを消す、散らすという意味らしい。 この漢方薬を初めて飲んだ直後は変化は見られず。
うな丸が就寝して1,2時間後、私が寝室へ入ると「かゆいかゆい」とのたうちまわっている。
こんなにひどいのは初めてだ。 原因はいろいろ考えられるが、はっきりしない。 かけばさらにかゆくなる不思議 こういうタイプは入浴後急速に肌の水分が失われる。
お風呂から上がったら、脱衣所ですぐ薬や保湿剤を塗るのは効果的というのは本当だ。
それにこういうタイプは(というより、それがアトピーなのか)かき癖がついていて、かゆくないときでも、かき始めるとどこもかしこもかゆくなってしまう。(かかないでと言ってるのに)
寝ているときに額をかきむしっているようで、起きると額から汁が出ている。
主人が額から頭にかけてに包帯を巻いて寝かせる。 やっと登校する日々 夜中に起こるかゆみはしつこくて、なかなか寝付けない。
寝不足が重なり顔ははれぼったい。
学校からふらふら状態で帰り、あれほど楽しみにしているおやつも食べずにバタンキューした日があった。
それで漢方はやめることにした。飲んだのは6日間だけだった。
明日は学校を休んで病院に行くかどうか主人とうな丸と3人で相談する。
病院は総合病院Bと決めていた。漢方薬局のご主人が「総合病院Bの皮膚科へ行くというのも選択肢の一つです」と言ったのがなぜか頭に残っていたから。
なぜ、総合病院Bなのか、その病院の皮膚科は評判がよいのか、つっこめばよかったのにと後になって後悔する。 学校を休むかどうかまだ決めかねている朝、うな丸は自力でやっと起きて自分の意思で登校していった。
私と主人はその姿に少しほっとする。 約一週間後、例年の鼻づまりが始まる。
顔がまたひどくなり、夜中のかゆいかゆいも復活。
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W そして再出発 信頼できる先生と薬剤師さん ついに総合病院Bへ行く。
前の病院でもらった処方箋一式を先生に見せて、叱られるのを覚悟で「今、この薬は塗っていません」と言う。
先生はその処方箋に目を通し、うな丸を診察して「いい薬が出てますよ。紙に火がついた状態の肌だから、それを消してあげないと本人がかわいそうです。」と言われた。
責めるような言い方ではなくやさしい口ぶりだった。
そして、だいたい前の病院と似たような薬を処方される。
違うのは自分で出した薬だというのに、「顔にはなるべく使用しないように」と言われたことだ。
この先生は信頼できるかもと思った。 お医者さんへの信頼感は一緒に治療をしていく上でとても大切だ。
薬は院外処方がかなり多くなっている。
その病院はすぐ近くに院外薬局がなかった。
職場の近くだという理由だけで選んだのはショッピングセンターのテナントの薬局だった。
この薬局にしてよかったと思う。
薬剤師さんが「いい先生ですよ」と言って安心させてくれたし、今まで知らなかった薬の保存方法なども教えてくれた。
病院外の人に担当医の評判を聞いたり、薬について話が聞けるのはよいと思った。。
他の病院では院外薬局はたいていその病院のほとんどとなりにあるので、ついそこを利用してしまう。
しかし処方箋を提出した患者さんがシーンとして待っている、そんな薬局で先生の話はしづらい。
待っている人がいるのに薬剤師さんにあれこれ質問するのは申し訳ない。
話したければ、診療時間外の空いている時間帯に行くという手もあるけれど。
周りがざわざわしている方が話しやすい。
ご本人を連れてきてくださればよかったのにと言われた。それもそうだった。 病院で処方された薬の効き目 夜はその日から2日間一度も起きなくなった。
顔は2日目少し赤みが残っていたが、3日目で治る。
ほとんどつるつるになったので、朝は薬は塗らずにオリーブオイルのみとする。
かゆみが軽減してきたら機嫌も良くなった。
その分食欲が増した気がする。
顔が不自然に白い点が気になるが。 以後、顔、体ともカサカサが目立ってくると薬を塗り、よくなると保湿剤としてオリーブオイルだけ塗るという繰り返し。(現在は保湿剤にワセリンを使用) 夜中の「かゆかゆい」はほとんどなくなり、私たちも朝までぐっすり眠れるため、早起きできるようになった。
これは大きい。
この秋から年が明けるまでは調子がよく、顔、体ともオリーブオイルのみ。
飲み薬のセルテクトは1日分を2日に1回飲んでいた。
このセルテクトをやめてみたが、当時は4,5日後顔の状態は悪化した。
主人は薬はやめようと言ったが、そのまま飲まずにいて以前のようにひどくなるかもしれないと思うと怖くて実行できなかった。 この頃から、自分で薬を塗るようになり、学校へ行く前にも鏡の前でお化粧をするように保湿剤を塗っていく習慣になる。
この自立のおかげで親はかなり楽になる。 結局病院で診察を受け、処方された薬を服用という従来のパターンに戻ってしまった。、
しかし、T期のように症状を注意深く観察することもせず、与えられた薬を疑いもせず毎日塗り続けるということはしなくなった。 ほぼ定着した1年間のパターン 夏場は汗の成分が肌を直撃するためかゆい。
春と秋は安定したよい状態を保っている
寒さが増してくると、乾燥がひどくなる。
せっかくよい皮膚科の先生とめぐり合ったと思ったら半年足らずで転勤されてしまった。
がっかりしたが、新しい先生はワセリンを処方してくれた。
初めて行った前の病院の皮膚科で出されて以来だったが、うな丸にはこれがいちばん合っているようだ。
発見9 紫外線が効く? 冬になると体はかき傷だらけとなり、左の頬から汁(滲出液か)が出てくる。
これは寒さのせいだと思っていた。 天気のよい日に公園に出かけたら顔の状態がよくなったことがあった。
これはどうしてだろう?
「紫外線療法」というのがあることを本で知った。(日光浴はいい?}
紫外線から効果のあるものだけを取り除き、照射するという治療法である。
私たちが住んでいるのは北国である。冬は日照時間が非常に少なくなる。
病院の先生に確かめたわけではないが、紫外線がうな丸の肌には効果があるようだ。
しかし、紫外線療法を受けてみたくても地方在住ではむずかしい。
海の水がよいとわかっても、海に入れるのはごく限られた期間である。
自然の中に直す要素があるのに、利用するには限界がある。
歯がゆい思いだ。 自分の部屋で寝られるようになる アトピーの子供が思春期になるとアトピーでない子には無縁の悩みが増える。
本人が容姿を気にするようになることに伴う悩みも大きい。
同級生にとっては何でもないことが、できるようになる日が来るとは思わなかった。
うな丸もかいてやらなければ眠れないので、自分の部屋を持つようになっても寝るときだけは親と同じ部屋という生活がずっと続いていた。
だからいつまでたっても甘ったれなのではないかという懸念があった。 自分の部屋でひとりで寝ると言い出したのは本人だったが、
最初はやはり、かいてもらいたそうにしていた。
しばらく話をすると(帰ってきても学校の話はほとんどしないが、布団に入ると話す気になるようだ)満足しておやすみを言った。
かいてもらって安心したい気持ちより大人になりたい気持ちのほうが強くなったのだろう。 薬を飲まなくても大丈夫に 症状がひどかった年から3年目の夏。
変化があった。 ここ2年半ほど欠かさなかった抗アレルギー剤を飲まなくてもよくなったのだ。
(注:現在は6月から11月は症状が軽いため薬を飲んでいないが、冬場は飲んでいる。)
その上、海水浴で肌の状態がよくなり、かき傷が劇的に減少した。
海水浴シーズンが終わると35度を越す暑さが続いたが、心配したほどの悪化はなかった。
汗をかくとボリボリやってはいるが、さほど気にはならない。
それとも親がそんな状態に慣れっこになってしまったのだろうか。
秋に鼻炎の症状が出現 アトピーの症状は少しよくなったが、その代わり私と同じ秋口に鼻炎が出てきた。
アレルギー体質には何とも言えない不快な日が秋口にある。
秋らしくからっとした暑さではなく、蒸し暑さがぶり返したようなむっとする日。
こんな日に実家に行くと、ばあちゃん、私、子供の三世代がくしゃみをし、鼻水をたらしている。
病院へ行って思うこと
皮膚科に行くと、先に来て診察を待っているほかの患者さんの視線が気になる。意識しすぎだろうか?
皮膚科に行くのは薬が必要になる、つまり悪化したときだ。
無遠慮な視線がうな丸に注がれる。
自分より症状の悪そうな患者を見て安心したいのだろうか?
そりゃ私も他の患者さんの症状には興味がある。
しかし皮膚のトラブルを抱えた、同じ悩みを持った患者やその家族同士ならもっといたわり合いたい。
そっとしておいてほしい。自分も病院へ行ったら気をつけよう。
この冬、ステロイドについて再び考えた
今年の冬は暖冬だったが、ここ数年のパターン通りに、12月中旬あたりから顔に湿疹がひろがってきた。
ステロイドよりましだと、漢方薬を塗ってみる。これも例年の通り無駄な抵抗だった。
うな丸の場合、漢方薬で治るという境界線があり、そこを超えてしまうとステロイドでないと治らないのではないだろうか。
うな丸や私たち家族にとってステロイドって何だろう?
それはタンスの奥にかくしてある、何がしかのお金であってほしい。
これはいざというときのためのもの、使ってはいけないということにしてある。
でもそれがあれば安心していられる。
奥の手があるというのは心強い。
できれば使わないで済むようになればいい。
この後、うな丸の生活環境の変化があり、アトピー症状も山あり谷あり。
そして、運命を変えるようなお医者さんとの出逢いがあった。
アトピーで悩んでいる方に、お知らせしたいことがたくさんたくさんあるのだが...。
なにしろ現在通院しているお医者さんなので、今すぐ掲載するのは抵抗がある。
掲載できる日まで、せっせと書き溜めておくつもりだ。
でも、今すぐ知りたいという切羽詰った方は、知りたいと思うことを書いて、メールフォームより送信していただきたい。
(あなたのメールアドレス宛に商売がらみのメールを送ったりすることは決してありません。)
"「完結編」へつづく"となったらいいのにな...。
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